携帯電話やインターネットにおける匿名性が社会的リスクをはらんでいるという指摘がある。 そこで法律・制度の専門家を中心とした座談会で社会的な対応の可能性について考察し、今後を展望した。座談会では、ネットワークの匿名性対応に関して、ネットワーク外の社会システムまで含めた大きな枠組みの中で捉えた方がよいのではないか、という方向性の結論に向かった。
通信キャリアを取り巻く社会的議論に関して、従来はユニバーサルサービスの維持とそのコスト負担に関係したものが多かった。ネットワークの匿名性を問題とした議論に関してもまずこのポイントを押さえることが重要である。 何らかの機能制限などを実施したりする場合にユーザにとって代替策が準備されている、もしくは準備出来るのか、ユニバーサルサービスの維持という面から確認しておく必要があるだろう。通信サービス提供にはある程度利用者のパイが必要なので、制限などの実施によってビジネスを縮小させてしまわないように注意する必要があるだろう。
「振り込め詐欺」では、複数犯による巧妙な劇を行って騙すというような高度化の兆しがあるようだ。振り込んだ被害総額も年度末には200億円を超えるのではないかという話も出ている。だが一方で、海外ではこれだけ被害が拡大することは考えにくいと言う意見を聞いている。 国別の国民特性調査では、日本人は困っている人を助けるという傾向が特に強いという結果もある。この国民特性と「振り込め詐欺」が噛み合ってしまい、被害が拡大したのではないだろうか。また、高校生グループが実行犯になっているという事実も捨てがたい。昨今、大学でも警察官を講師に招いて日常の安全などついて教えているところもあるが、ネットビジネスと称したネズミ講に引っかかり学生ローンをしてしまう学生も少なくない。特性と言うことだけではなくリーガルマインド醸成という面でも機会が少ないのかもしれない。
本人確認を行わないと買うことが出来ないという商品やサービスは、世の中には少ない。携帯電話の所有に本人性の確認を求めるということをどのように捉えればよいのか。 この課題の重要なところは、匿名性の解消と、ネットワーク社会での自由がトレードオフになっている点である。現代の都市生活は匿名性の上に成り立っており、何か発言したり行動したりすることで予想していなかった災いを招いてしまうことからリスクヘッジしている。悪いことをしていないのであれば匿名性はなくても良いだろうという議論は場当たり的である。今は問題となっていないかもしれないが、人々が嫌だと感じるものには移り変わりがあるので、ネットワーク社会が息苦しくなってしまうという可能性もある。 何か社会問題が起こった際に、その問題の本質は何なのか冷静に考える必要がある。匿名性の課題はネットワーク社会での自由という更に上位の議論が必要なことではないだろうか。そして携帯電話以外も含めた大きな枠組みで社会問題を捉えて解決策を検討していく必要があるだろう。
ネットワーク社会の匿名性に関して今後の対応や将来性についてどのように考えればよいだろうか。 この問題は匿名か安全かという二者択一の議論で語られている感がある。だが、一方でネットワーク上の新たな表現活動の場としての可能性があり、パーソナルパブリッシングツールとして社会に受け入れられつつある。このように社会的メリットを感じる人々が多い中では、ネットワーク社会全体の匿名性をやめるという話になはならないだろう。 名前に限らず、所在地や、趣味嗜好といったプライバシーの情報を公開・提供する際には、利便性等とセットで考えられる場合が多い。情報を提供する消費者は利便性享受と同時にリスクをとっている。必要なところでうまく顕名性を確保するようなインセンティブの仕組みを整えられると好ましい。
以上
(2005年2月7日)