モバイル社会は災害から何を学ぶのか

subtitle_saigai.gif

04年10月20日16時 上陸記念更新となる台風23号が迫るなか、東洋白山大学キャンパスを訪問した。 中村功先生の新潟・福岡豪雨水害緊急レポートを受け、研究所員がその実態を追う。 容赦なく襲う自然災害に対し、モバイル社会はどう向き合うのか・・・

  1. 一人ひとりが大変だ!と感じなければいけない
  2. Pull型か、Push型か
  3. モバイルメディアは補足的に捉えるべき
  4. 必要な情報を効果的に届ける
  5. 防災に対する地域の取り組みは・・・
  6. 災害時の携帯電話の役割
  7. 高い通信ニーズと電池の限界
  8. 通信で人を救えるか

1. 一人ひとりが大変だ!と感じなければいけない

遊橋
今回のレポートを読ませて頂いた中で、「タイタニック号のように水がどんどんどんどん上がってきて、タンスが浮いてしまった」というような部分に悲壮的なリアリティを感じました。そういう状況でも、一生懸命2階や3階にタンスを移そうとしている……。

中村先生
実際は「床上浸水」の状態ですから、普通に考えるととても危ない状態なんです。だから、まず第一に逃げることを考えるべきなんです。でも、もしも遊橋さんが1階に住んでいたとして、何も知らされず今日みたいに(今日は台風ですけども)床上浸水になったら、まずどうしますか?

遊橋
たぶん、「あれ、何だ、この水は」ぐらいに感じるでしょうね。

中村先生
ええ、河川が決壊したということを知らなければ、まず浸水しそうな電化製品とか、大事な写真とかを高いところに上げることを考えるでしょう。

遊橋
レポートの中の話は、何も情報が届いてない時の現実なんですね。

中村先生
そうなんです。何も情報が届いてなかったんですよ。集中豪雨みたいなものであれば結構水浸しになるわけです。ですから、災害みたいな状況でも、日常の枠組みの中で物事をとらえようとする傾向があるんです。これを「正常化の偏見」と言っています。

遊橋
いつもの延長で考えてしまって、特別な状況であることに気付かないわけですね。

中村先生
せいぜい、「いつもよりもちょっとひどいなあ」程度の感覚です。
一人一人が「大変だ!」と感じるためには、「これは日常とは違うんだ」っていうことを強く思わせるような情報が必要なわけです。特に風水害の場合は、逃げ遅れて亡くなるというケースが多いんです。雨はいつでも降りますからね。

2. Pull型か、Push型か

遊橋
では、どうやって「非常事態ですよ」という情報を伝えるかということがポイントになると思いますが、レポートでは、プル型・プッシュ型の情報提供方法という話が出てきましたが、プッシュ型というのは、例えば屋外拡声器みたいなものを利用して大きな音で伝える、というような形態ですか。

中村先生
情報の受け手が、何もしないでも聞こえてくるようなイメージのものです。屋外拡声器以外にも、屋内に受信機を使った同報無線などがあります。これは個別受信機っていうんですけれども、この場合は家の中にありますから、とてもよく聞こえます。

遊橋
実際に、屋内固定型の連絡手段が整備されている地域はあるんですか?

中村先生
何ヵ所かあります。理想的にはそれが全家庭にあればいいのですが、だいたい4万円くらいする高価なものですから、予算の面から地域の全戸に配備するのは困難です。でも、北海道沿岸などの津波危険地帯では、この屋内型の個別受信機が入っている家をよく見かけます。北海道南西沖地震の時にも、住民が津波警報を聞いて逃げられたなど評価は高いようです。

遊橋
わたしの住んでる所でも、何かあった時に、自治体が大きなスピーカーを使ってサイレンのようなものを鳴らした後に、連絡放送をしていますね。でも、連絡部分が雨の日はほとんど聞こえなくて……。

中村先生
風水害の時、屋外型の拡声器は雨の音で聞こえが悪くなってしまうのです。でも音が聞こえなくても、「何か言ってるぞ」「何かあったに違いない」ということが伝われば、これをきっかけにしてテレビを見るなりの行動に移れるわけです。

遊橋
災害情報以外にも、「4歳ぐらいの子どもが迷子になりました」というようなものも流れますが、「自治体からの連絡」だと意識的に聞く習慣が生まれますね。

中村先生
自治体としても普段から利用していれば、災害のような慌てた状況でもすぐに手慣れた手段として使えるので、各自治体で整備する必要があると思います。

3. モバイルメディアは補足的に捉えるべき

遊橋
自治体などが整備している災害情報の提供システムには、音がクリアに聞こえない場合があるという課題があり完璧ではない。その点で、個人が持ってる情報端末としてのモバイルメディアに可能性があるのではないでしょうか。

中村先生
そうです。音がクリアに聞こえない場合があるという課題は確かにありますが、メールでも音声でも一応確実に届きますよね。もちろん、雨の音にも左右されない。

遊橋
でも「携帯電話が繋がる」いう前提で社会システムが組まれているのであれば、それはそれで問題ですよね。確かにドコモも災害時の備えとして、ヘリコプターや電源車両、移動の基地局なども用意しています。でも「今堤防が決壊しました」という時、例えば、基地局自体が被害を受けることもあり、即時の復旧は難しい状況です。

中村先生
そうです。保障はできないんです。だから、モバイルメディアを補足的な手段として考えるべきです。メインは同報無線のような「災害用」のツールを使う。確かに普及はしていますが、実際は、全ての人が携帯電話を持っているわけではない。メールを活用するとしても、特に今回問題となったようなお年寄りなど、日頃から使い慣れていない方には難しいでしょう。

遊橋
今年の夏、東京湾の花火大会に行って実際に携帯電話が使えるかどうか調べてきたんです。災害のシミュレーションとして、比較的参考になるデータがでるんじゃないかと思いまして。そこで分かってきたのが、実は、一番つながり難くなったのは花火が始まる前だということ。花火大会が始まる前の待ち合わせで携帯電話を使うからなんですよ。「何時ごろに」、「この辺で」、「携帯電話で・・・」というような曖昧な形で待ち合わせしてる。そこで、何万人、何十万人という人出がある花火大会になると、もうつながらなくなる。ほんとに災害が起こってしまいましたという時と、起こってしまった直後の状態っていうのは、実は、携帯電話が不得意とする分野なのです。

中村先生
そうですね。特に音声は輻輳(ふくそう)に弱いですね。

遊橋
でもメールの方は、結構つながりやすかったのでは?

中村先生
新潟・福島水害でもメールは意外とつながりやすかったんです。一対一の通話と違って一回センターに蓄積するので、利用者側の混雑が抑えられる。でも、タイムラグの問題があり、自治体側が情報配信として、「避難勧告」を出すのに使うとしたら、どれぐらい実用的かということを検証する必要があるでしょう。自治体側がメールを使う時に、誰に対して情報提供するのか考えておく必要があります。敦賀市では、あらかじめ住民の人にメールアドレスを登録してもらって、その登録されたメールアドレスに対して情報配信をしていけないかと検討しているようですが、アドレス管理が大変です。メールアドレスはどんどん変えられてしまう。全員が登録してくれるとも限らない。だったらもう管理なんてしないで、ある特定の基地局周辺にいる人には全部送ってしまう。

遊橋
でも、そうなると、迷惑メールと同じようになってしまう。住民から「そんなことを望んでないぞ」という声が出てくるでしょうね。個人情報と公的な安全とのトレードオフが難しいですね。 ヒントになるかもしれない取り組みが新宿区にあるのですが、警察から提供を受けた「犯罪情報」を地域住民のメールアドレスに配信しているそうです。これは、子どもの連れ去り事件などの対策として住民の評価が高いそうです。

中村先生
普段からそのような使い方をすれば可能性があるのですね。なるほど、参考になりそうです。

4. 必要な情報を効果的に届ける

遊橋
通信は災害時にキャパシティの限界があるので、普段からの情報提供を拡大して、必要な情報をあらかじめ効果的に届けておくことができないでしょうか。

中村先生
今の段階では「避難勧告」くらいしか出せない。それは「危ないですから、すぐに逃げてください」という内容。でも、それはギリギリの状況だから間に合わない人も出てくる。特に高齢者なんかの場合は、もっと早く逃げないといけない。「もう逃げたくても逃げられない、今更言われれても困るよ」っていうことも稀ではない。

遊橋
例えば、「大丈夫情報」みたいなものを効果的に配信する。川の水位は今このあたりですとか、ピークは越えましたから大丈夫ですとか。もう水量が増えることはないので、風だけに注意してくださいとか。

中村先生
そこで考えられるのが、避難勧告準備情報。これは、そのうち「避難勧告」を出す可能性があるから、準備をしておいてくださいという情報です。この時点で高齢者は早めに逃げるっていう判断も可能です。既に名古屋市でこの取り組みが始まっています。

遊橋
名古屋市といえば、過去に大きな水害があったところですね。

中村先生
その時の教訓から、もう少し早めに出さないと駄目だと学んだのです。自治体として避難勧告準備情報を出す明確な基準を作ったのですね。そういうのが一つの方法だと考えています。

遊橋
災害時には、情報を「提供する側」と「受け取る側」の両方が考える必要があるかと思います。情報を受け取った側、すなわち住民の意識はどうでしょうか。

中村先生
ここは大丈夫だと思ったり、家の中にいれば大丈夫だろうと思い込んで逃げない傾向があります。自治体としては、そのために適切な啓蒙活動をしたり、住民側としても災害が発生する前から高い意識を持ってもらう必要があります。あなたの所は危ないですよ、もしも決壊したらあなたの家は水がここまで来ちゃいますよ、だから逃げなきゃいけないんですよ、っていうのをしっかりと納得してもらわないといけないわけですよね。

遊橋
先生がレポートで触れていたハザードマップですね。

中村先生
水害については、水害ハザードマップっていうのを作り始めてきています。まだこれはその端に付いたばかりですが、ここが危ないということを示すことが重要なのです。

5. 防災に対する地域の取り組みは・・・

遊橋
最終的に、個人に対して混乱を起こさずに情報を行き渡らせようとした時に、最適な情報交換の単位をどう捉えればよいのでしょうか。

中村先生
基本的には、市町村単位。これは防災基本法でも取り決められています。県単位になりますと迅速に動けない。防災情報を収集したりすることができないですし、実際に消防も自治体消防になりますから市町村単位です。

遊橋
市町村単位での防災システムとなると、地域によっては高価な一斉同報の装置を配備できないような所も出てくると思うんですけれども、厳しくないですか。

中村先生
その通りなのです。今までは、国の補助金がありましたが小泉内閣が進める三位一体改革で国の補助金が無くなり、地方の裁量となる。自治体は益々、防災に予算を使えなくなる。

遊橋
ここでまた、普及率の高い情報デバイスである携帯電話に戻ってくるのですね。

中村先生
そうです。本当は同報無線のような設備を拡充するようにすればいいのに、予算がない。だから、携帯電話に過大な期待が向けられてしまう。でも社会システムの中に組み込んでいくには、メディアとしての特性をきちんと把握することが大切です。

遊橋
この夏、避暑で長野県の茅野に行ったのですが、この地域はリタイヤしてから定住する人が多いらしいのです。なぜかというと、「健康」ということをカギにして地域おこしに取り組んでいて、自治体やボランティアが協力して病院の往診を増やしたりしている。こんな風に補助金が減ってきても「防災力が強い」という魅力的な特徴を打ち出して、地域の活性化に結びつけるという発想もあるのではないかと思うのです。新しい地域再生の切り口になりませんか。

中村先生
なるほど、防災の価値をどう捉えるかですが、北海道の真ん中辺りとか、もともと地震が少ないところもあるわけですから可能性はあるのかもしれません。いざという時に安心ですということですね。

遊橋
東京の都心部では人口が減ってきてるんですが、早稲田周辺はプラスに転じたらしいのですね。何がおこったのかというと、地域商店会が「安全面」を強調しているのです。その取り組み自体は、地域住民と挨拶しましょうといった単純なことなんですが、スタートしてみると実際に泥棒なども減って変な人が歩かない町ということになったら、いつの間にか、徐々に地域人口がプラスに転じたということだそうです。都市部でも防災は人をひきつける価値があるのでしょう。

6. 災害時の携帯電話の役割

遊橋
実際に災害が発生した時、具体的に携帯電話が役に立つシーンはどういうところでしょうか。

中村先生
段々テレビが見られるようになりますよね。少し先の話になるかもしれませんが、普通の放送以外に防災情報を流せないかと思うのです。そのあたりで新しい道が開けるかもしれません。

遊橋
でも、今の番組内容だとどうでしょうか。台風の日にテレビを見ていると、大きな地図の上を雲が通過していくCGが映し出される。自宅はこの辺りだろうと考えながらこれからの雨脚を予想するのですが、あまり当たりません。素人だからということ以上に、ローカルの情報入手が不十分という気がしています。

中村先生
確かに緊急警報放送の場合は、放送局単位の情報でせいぜい県単位。東京周辺だったら1都6県ですか・・・。それをもっともっと小さくしていかないと防災に必要とされる重要なローカル情報は手に入らない。防災の管轄は市長村単位ですが、残念ながら、「放送」はこの単位で発信できるツールではないのです。このあたりを携帯電話の通信機器で補えないでしょうか。

遊橋
現場の状況をいち早く集める、っていうことも考えられませんか。

中村先生
それは非常に重要なことです。これまで、被害状況などの現場の情報を集める時は、基本的に防災行政無線でやってきました。有効なんだけど、ところがその絶対数が足りないんです。携帯電話も有効に頼りたいところなんです。でも、実用的には災害前の情報収集利用でしょうか。

7. 高い通信ニーズと電池の限界

遊橋
災害時にはバッテリーの問題も重要ですね。手軽さゆえに非難時の持ち出し率は高いと思うのですが、電池がなくなってしまえば、役に立たなくなってしまう。停電になれば、充電もできない。

中村先生
この間、調査アンケートで、携帯電話のバッテリーや充電装置を避難所で備蓄すべきかどうか聞いたんですね。すると、困っている人が非常に多い。新潟では避難生活が長引きましたから、2日目ぐらいから、どんどん電池切れになってしまう。食料持ってきてくれとか、市役所へ電話したいとか、もちろん安否についても非常に伝えたい。災害の時は平常時に比べると、通信ニーズが多いわけですよ。

遊橋
災害時のことを考えると、携帯電話の電源はどの程度もつことが求められるのでしょうか。

中村先生
被災地の中だけではなくて、その県外に向けた通信も発生するし。遠くに住んでいる人がニュースを見て、様子を聞いてきたり・・・例えば、無事だということが分かった上で、「じゃあ、うちに来なさいよ」と親戚が連絡をしてきたりする。だから、その後1カ月ぐらいにわたってはニーズが高いのです。

遊橋
災害発生後には、人々は安否情報を強く求めます。「自分は助かった」、次に、「自分がすごく心配している人はどうだろう?」と。この願いを満たしてあげるというのも通信の重要な役割なのでしょうね。
避難所だったら、自分宛には携帯電話の番号しかない・・・自宅の固定電話は使えない。使う方も、あんまりしゃべってるとバッテリーがなくなってしまうということを認識しながら携帯電話を使わないといけないですね。

中村先生
ええ。それでもやっぱり使ってなくなっちゃうんですよ、大抵の人は。どうしても声が聞きたくなる。一概には難しいですが、最低でも何とか1週間ぐらい使ってももって欲しいですね。だからバッテリー型のような充電装置とかがあるといいですね。

8. 通信で人を救えるか

遊橋
災害にどう立ち向かうかということを突き詰めていくと、「個人の安全をどうやって守るか」ということかと思うんですが、最も重要なポイントは一体何なのでしょうか。加えて、そこに対して通信が関与できる部分はどういうところなのでしょうか?

中村先生
一番大事なのは「命を守る」ということですよ。そのための手段は、災害のパターンによって違うんです。例えば、地震で家が倒壊してしまうような場合には、残念ながら通信はあまり役に立たない。家を強化するのが最も有効な対応です。だから、実際に情報が人を救えるシーンは限られているのです。それが、警戒情報の伝達、つまり、「危ないぞ」という情報を出して、逃げれば助かるっていうパターンの場合は通信で救われる人も出てきます。地震であれば、津波の警戒情報がこれにあたります。風水害であれば、河川の氾濫。これはかなりタイムラグがありますので、今回の新潟の場合もそうですが、少なくとも決壊した時に「決壊したぞ」「危ないぞ」という情報が適切に伝わっていたなら、もう少し被害が少なくて済んだかもしれない。このような、タイムラグがある災害には警戒情報伝達の有効性がある。火山の場合も、かなり前から情報が入りますし、警報も色々ありますから、それを伝えるには有効です。ただ、土砂災害の場合はそれも難しいんですが、少し視点を変えて、自治体が「ここは危険だから逃げなさい」とあらかじめ伝えるのには役立つと思います。

遊橋
特に注目すべきは災害が発生する前の情報共有ということですね。

中村先生
人々が持つ「正常化の偏見」をふまえて社会システムを考えていく必要があります。実際にどんどん水が上がってきても、これが自分の危険だと人はなかなか思わない。場合によっては、最後まで思わない。ただ、実際にその被害を1回でも経験すると、ものすごく敏感になるんです。今日も台風が来ていますが、この間の 災害で土砂崩れがあった新居浜とか、和歌山とか三重のほうだと相当警戒しているはずです。 ・・・でも、われわれは平気だって感じですよね、同じ事象なのに。東京の川だって決壊する可能性があるんです。荒川も危険河川ですから。

遊橋
助かるためには、他人に守ってもらうという意識ではなくて、災害を「自分のこと」として捉えないといけないですね。