中越地震と安否情報:~災害用伝言サービス利用者インタビューから~

  1. はじめに
  2. 災害用伝言サービス、利用数は過去最大に
  3. 安否の問い合わせが多かった
  4. 伝言サービスの効用と課題
  5. 携帯メール

1.はじめに

2004年10月23日午後5時56分に新潟県中越地震が発生した。
地震の規模はマグニチュード6.8で、川口町で震度7、小千谷市などで震度6強を観測した。そののち、午後6時11分と6時34分にも大きな余震が発生し、小千谷市や十日町市などで震度6強の強い揺れとなった。この地震では、40名の犠牲者が発生し、一時は10万人以上が避難所生活を強いられる大災害となった。

こうした災害後には安否確認の情報ニーズが高まるが、電話は輻輳(ふくそう)して使えなくなってしまう。その対策として阪神大震災以降、災害用伝言ダイヤル(171)やiモード災害用伝言板などの災害用伝言サービスが開発された。本論では、中越地震時に実際にこれらを使った被災者へのグループインタビュー(注1)を通じて、災害用伝言サービスの効用や課題を探る。

川口町にて

▲川口町にて

川口町役場前にて

▲川口町役場前にて

2.災害用伝言サービス、利用数は過去最大に

今回の中越地震で、固定電話では通常時の50倍、携帯電話でも45倍の通話が発生し、大規模な通信規制が行われた。すなわちNTTでは固定電話、携帯電話ともに最大75%の規制となり、auでは90%の規制がかけられた。このため電話や携帯電話が大変通じにくくなってしまった。

こうした電話輻輳下でも安否確認を可能とするために開発されたのが、固定電話の「災害用伝言ダイヤル」や携帯電話の「災害用伝言板」といった、災害用伝言サービスである。

iモード災害用伝言板利用数

iモード災害用伝言板利用数

NTTドコモ・ニュースリリースより

固定電話では災害用伝言ダイヤル(171)が1998年3月から開始され、これまで最も多く利用されたのは「2000年鳥取県西部地震」の時で、約20万の利用があったが、今回の新潟県中越地震ではそれを上回る35万4千件の利用があった(注2)。

一方、携帯ウェブの「災害用伝言板」は、NTTドコモが2004年1月から始めたが(注3)、中越地震において、登録10万6千件、再生14万5千件、あわせて25万3千件の利用があり、サービス開始以来、最大の利用数となった。

災害用伝言ダイヤルにせよ、iモード災害用伝言板にせよ、いずれも10万件を越えるメッセージ登録が行われたことはある程度活発に利用され始めたと評価することができるだろう。問題は実際にそれらが役立ったか、ということになる。

3.安否の問い合わせが多かった

そのポイントの1つが、被災者が自分の安否を登録し、それを他の人が確認するという情報の流れが、うまく機能したかということである。アンケート調査で被災地内の利用率を確認する必要があるが、利用者の多くが被災地外の人で、登録した内容も安否をたずねるものが多かったのではないかと考えている。というのは、インタビュー調査のために、被災地内で災害用伝言板の利用者を捜したが、見つけることが困難だったし、インタビューでも利用者はまず、家族や親戚の安否をたずねるために、171や災害用伝言板を使っていたからである。

Aさん (田上町在住)

弟が上越に住んでいるので、そっちはどうなのだろうということで、上越だからたいしたことはないだろうと思ったけれども一応どんな状況か聞きたくて、まず電話をしました。しかし家電(イエデン)には通じないし、携帯をかけても通じない。(中略)それから災害用の伝言板のことがテレビでずっと流れているから、それを使ってみたらどうだということになりました。(中略)ガイダンスに従ってやっていきますが、その時は「どうしよう」みたいな感じなのではっきりと覚えていませんが、「連絡下さい」みたいなメッセージを入れて、そのあと何度か確認するのですが応答が全然ありませんでした。(中略)171もやって、i-modeもやりました。i-modeは私ではなくて(同居している)弟が、もう1人の(上越にいる)弟に対してやっていました。

Bさん (長岡市在住)

親戚中に連絡を取ろうとしても取れなくて、次の日になって家の電話からはつながるのかと思ってやったのですが、避難所に行っていたりして家電(イエデン)同士だと電話は鳴るけれども応答がないということで、まず171をテレビでやっていたので、それでメッセージを残しているのではないかと思いました。親戚がみんな長岡に住んでいて、連絡が通じなかった親戚が一ヶ所だけあったのです。それでやったのですが、家電(イエデン)も通じないくらいなのでメッセージを残していてくれていませんでした。たまたまやることもないので携帯をいじっていた時にi-modeのページを開いたら、一番上に伝言板というのがありました。そういえばあそこの家のある1人だけ携帯番号を知っていたので、何か残っているかなと思って、その時にその伝言板を使いましたが、結局、誰もメッセージがなかったということで、開いたものの使えない状態で終わったということでした。

Cさん (三条市在住)

全く電話がつながらなかったので、携帯と家の電話を両方持って、(川口町の実家に)かけ続けにかけていましたが全然かからなかった。メールも、最初はまったく来なかったのでメールということに気がつきませんでした。(中略)171は、(川口町の親に対して)連絡がつく前に使っていました。ずっと使っていて、時々かけるのですが親からの連絡は入らなくて、親戚だけは重なっていくという感じでした。171で親戚からの「大丈夫か」というのが重なっていって私も途中で「K子ですけれども、今まだ連絡がつながりません」みたいな感じで録音を入れました。3回目位の時はつながった(電話で無事が確認されていた)ので「とりあえず無事だということはわかりました。ここに電話をかけてくださった人は安心してください」みたいなことを残しました。それが多分、メッセージの数としては9件目位の電話だったかと思います。
i-modeの方にはその時(翌日)気がついて、一応母親の電話番号に入れたのですがもちろん何も入っていませんでした。母親のところにつながっていないということは私のところにも電話してきているかと思って自分の電話番号も入れてみたのですが、誰もそういうメッセージは残していなくて、しょうがないから自分のを入れて「私は無事です」みたいなことを一応入れたのです。その後どうなったのか、1回くらい聞いたけれどもそれ以上何も入っていませんでした。

4.伝言サービスの効用と課題

インタビューの例を見る限り、災害用伝言ダイヤルやiモード伝言板は、まだ想定どおりの成果を上げているとは言えないようである。その主な理由は、安否の問い合わせが多い一方、被災者本人の安否がなかなか入力されず、ミスマッチが発生していることにある。

このミスマッチの原因は、第一に利用の絶対数がまだ少ないことがあるが、第二に被災者に利用のきっかけがなかったことがあげられる。インタビューによれば、171の利用のきっかけはテレビやラジオの呼びかけであり、iモードは「たまたまいじっていたら」ということになる。iモード伝言板についてはマスコミの取り上げ方が少なかったということも問題だが、いずれにせよ、テレビも見ず、携帯をいじる余裕もない被災者は、利用のきっかけがなかったのである。

そして第三には、Cさんの例にみられるように、安否を知りたい人の欲求は深刻なのに、知らせる方はそれほどでもないというギャップがある。これらの問題を解決するためには、「ぐらったら火の始末」ではないが、「災害にあったら安否をまず伝言」といった知識を常日頃から啓蒙して、とくに被災者の利用を促進することが重要であろう。

しかし一方では、災害用伝言ダイヤルの意外な効用がみられた。Cさんの例がそれである。Cさんは川口町に住む実家の両親の安否を心配していたが、親類がかけた電話がたまたまつながり、両親の無事を知った。Cさんはその事実を実家の電話番号をキーにして災害用伝言ダイヤルに吹き込み、他の親戚たちはそれを聞いて両親の無事を確認できたという。被災者本人が登録しなくても、周りの誰かが無事を確認して登録すれば、多くの人々に安否を伝えられるのである。

他方、システムの問題はどうだろうか。利用者によれば、伝言ダイヤルや、iモード伝言板がつながりにくかったという話はなく、システム的には機能していたようである(ただしiモード伝言板については、翌日使った人ばかりであった点に注意が必要である)。

また使い勝手だが、携帯電話を駆使できる若い人にとってはおおむね問題はなかったようである。ただ、災害用伝言ダイヤルで再生に引き続いて録音できないかという声があり、災害用伝言板では多くの人の安否を確認する際に、登録があるかどうかだけでもすぐにわかるようにならないか、といった要望が聞かれた。

Q.171とi-modeの使い勝手はどうでしたか?

A.171はガイダンスが流れて、それに従ってやっていけばいいので面倒臭くはなかったです。i-modeの方は、弟も若いのでちゃっちゃかという感じでした。

Q.171も伝言板も、アクセスはすぐできたのですか?

A.アクセスはすぐにできました。その時は、他の電話はつながりにくかったような気がします。

Q.使い勝手はどうでしたか?

B.音声メッセージやら画面の案内に従ってやればいいというやり方はわかって、その通りにやれたので難しいことはなかったと思います。

C.171は、あの時は気が動転していたので、言われた通りに押せば大丈夫でした。でもガイダンスに従って進んでいく途中で、戻せないのです。最後まで聞くと1回切らないと、もう1度最初からやって次は録音という風にしなければいけなかったと思います。聞くだけ聞いて、そのあと重ねて録音するというのが確かできなかったと思います。

1回聞いて切って、それで次にもう1回録音するというようにした気がします。間違っていたら申し訳ないですが、面倒臭いと思った気がします。
i-modeの伝言板の方は、とにかく聞いてみないとわからないので入れるのですが、入っているかどうかというのは聞いてみないとわからないのです。友達のも1件やったのですが、友達も何も入れていなくて1回しか聞きませんでした。

5.携帯メール

2004年からNTTドコモでは、パケット通信を音声とは別に制御する様になったので、音声が込み合っている時でも携帯メールは通じやすくなった。今回も携帯メールには通信規制をかけていないので、メールは通じやすかった筈である。

三条市のCさんは7月の新潟福島水害の時にはメールが使えたので、今回も使ってみたが、相手の操作能力の問題からか返信がなかったという。
利用者インタビューによると、今回、地震直後はメールは通じたものの、その後はメールもなぜかつながりにくくなったという。この点についてはアンケート調査などで更なる確認が必要である。
携帯メールはある程度有効に活用されたものの、なおつながりにくいこともあった、ということであろう。

C.メールも、最初は全く来なかったのでメールということに気がつきませんでした。後で、そうだ、メールは送れると思いました。水害の時にメールはつながったので、メールは送れると思ってメールを送ったのですが、母は読むことはできるけれども返してくることはできないのです。実際その時は余裕もなかったみたいで、メールを開けるということもしていなかったみたいです。結局メールの返事も来ないから、生きているのか死んでいるのかもわからなくて、家に着いたのが6時過ぎ頃だったと思うのですが、それから10時半位までずっと5時間ほど、かけ続けにかけていました。

B.そうしたら友達からメールが来たので、メールは使えるということで、もともと東京にいたので東京の友達からメールがいっぱい来るので、その返信で忙しかったです。

Q.「大丈夫?」みたいなことですね。車に乗っている最中に、直後にどんどんメールが来るのですか?

B.はい。メールが使えたのはその時でした。自宅に着いたのが(午後)6時過ぎで、その時も色々な人からメールが来たり、近くの知り合いにもメールをしていたので、メールが通じたのは7時位まででした。その後は携帯が通じないということでメールに殺到してしまって、メールを送信しても送れないという画面が出てきてしまって、メールもだめだと思いました。

C.長岡市内で、家電(イエデン)が通じないのです。実際には家から出て親戚の家に避難していたらしいので、通じる訳はなかったのです。そこの家は携帯もつながらなかったです。あの時は、電話も携帯もめったにつながらなかったのです。

Q.メールはしなかったのですか?

C.メールは、1日位ほとんどつながりませんでした。

A.そうですね。

C.確か、そんな感じでした。送ろうとしても、混雑しているみたいな感じの画面が出るのです。

A.次の日の朝もだめでした。

C.確か、次の日もだめでした。送信できないというか、何か違うメッセージが出るのです。

B.機種によって違うのかも知れませんが、i-mode接続中という水色の画面が出ます。

C.それが全然出なくて、送信しようと思っても送信できなかった。

B.接続中でなく、いつも見ないような画面が出るようになっていました。たぶん地震が起きた当日の最初はそういう画面はなかったはずなのに、急きょ作られたのかはわからないですが、地震が起きたばかりでメールがつながらなくなった時は「送信中」というのがずっと続いて「送信ができませんでした」というのが出たのですが、その夜から朝にかけては違う変な画面が出ましたよね。

注1.グループインタビューは12月19日に長岡市内で行った。参加者募集はインターネットのマーケティングリサーチシステムを活用し、中越地方在住者の中からiモード災害用伝言板利用者を募った。その結果5人が応募したが、実際の参加者は長岡市、三条市、田上町在住の24才から37才までの女性3人であった。なお現在、十日町市で住民アンケートを実施中である。

注2.災害用伝言ダイヤルの利用数(主なもの)

災害名 運用期間 総利用件数 登録 再生
栃木・福島豪雨
岩手山雫石地震
高知水害
長崎豪雨
東海村原子力事故
岩手軽米RT冠水
有珠山噴火
三宅島噴火
東海豪雨
鳥取県西部地震
芸予地震
宮城県沖地震
宮城県北部地震
北海道十勝沖地震
新潟・福島豪雨
台風23号
新潟県中越地震
98年8月27日~12日間
98年9月3日~5日間
98年9月25日~9日間
99年7月23日~4日間
99年10月1日~4日間
99年10月29日~5日間
00年3月29日~134日間
00年6月26日~223日間
00年9月12日~34日間
00年10月6日~34日間
01年3月24日~8日間
03年5月26日~17日間
03年7月26日~33日間
03年9月26日~22日間
03年7月13日~7月30日
04年10月20日~11月10日
04年10月23日~12月24日
61,000
8,000
22,000
385
6,360
1,110
16,541
5,534
43,501
199,437
86,981
65,700
40,000
37,700
12,500
24,800
354,600
24,700
5,000
10,021
159
1,888
600
5,800
1,648
27,646
130,790
33,915
19,600
9,800
9,300
3,300
9,600
112,700
36,300
3,000
12,755
226
4,472
510
10,741
3,886
15,855
68,647
53,066
46,100
30,200
28,400
9,200
15,200
241,900

注3.災害用伝言板サービスは、2005年1月からau・ツーカーでも開始された。