趣意

モバイルメディアの普及は、「動く」という本質的意味を考える糸口を提供しているのではないでしょうか。あらゆるものは常に動いています。自分が立っている地面(地球)ですら、自転と公転によって絶えず動いているし、体内の諸器官も随意・不随意にかかわらず、流動する組織によって構成されています。また、これまで行われてきた科学的研究の成果は、ヘラクレイトスが強調した万物が流転する様相を実証する一方、「動かない」絶対静止状態いわゆる不動点を求める挑戦の記録でもありました。

いずれにせよ現在の生活や社会は、まず物理的に動いていることが前提となっています。しかし、産業革命の技術的革新によって始まった工業社会では、生産活動の分業による高効率化が追求され、その結果人間活動における「動く」ことの意味が変わってきました。定置した機械を監視し操作する作業が増え、移動に代表される物理的な動作を伴った筋肉運動は減り、相対的に動かずに居られる状態において思考をめぐらすデスクタイプの頭脳労働に主たる価値が移りました。つまり、効率という単一の指標によって評価されるばかりでなく、知的活動が「動き」と分業化したのです。

そのような文脈からすれば、移動のためだけの専用的時間や空間はロスとして扱われてきましたが、それを兼用化させるモバイルメディアは、工業社会の既成概念に構造変化を起こしています。
アカデミアの森を歩きながら哲学を考え、それを語った紀元前のプラトンの知的探索が「動き」とともにあったことに思いをめぐらすならば、時を経て新たな技術やサービスの普及によって生まれたモバイル社会において、私たちはあらためて「動くこと」を見なおし、モバイルメディアが作り出す知的創造の側面を考え直してみるべきではないでしょうか。

しかし、そのような変化は、これまでに長い経過を辿って構築され、安定化された工業社会のシステムとの間に摩擦や違和感を生じさせます。具体的には、現在のモバイル社会への移行に際しても光と影の両面があり、様々な利害が出てきています。しかも、これらは単純な二者択一の排他的関係ではなく、両方の特性が同時に重なり合い絡み合っている様相(エンタングルメント)を呈しており、そこからパラレルリアリティや量子宇宙観に通じるものを読み取ることができます。このような新しい文脈で考えれば、影を生みだす光は、視点によっては影と考えているものの中にも見出されるという相互フラクタル的関係だとも解釈できます。

このように複雑な変容を遂げていく社会への対応を迫られている21世紀の人類は、まず自分自身で未来の環境やそこで起こりうることを想像しておくことが必要とされます。様々な思考実験や疑似体験を通じて、やがて発現が予想される環境の中で、自分がどのように感じるのかという、いわば未来心理とも呼べるモバイル社会の未来の「現実感」を擬似的に経験しながら理解すること、また既に生活の中に現れ始めているその「兆し」を読み取り、その体験を通して未来心理を研究していくことが、決定的な意味を持つといえます。しかし、この「兆し」を捉えるためには、既存の領域の延長では十分でなく、全く異なった視点を導入することが必要となるでしょう。

したがって、多くの人々が議論に参加し、多様な意見がたたかわされ、その反響を整理した結果、新たな創造知に到達することが可能になると考えられます。その英知こそ、モバイル社会が形成されていくための有益な基礎情報として共有されていくものではないでしょうか。

これまでに当研究所は、モバイル社会シンポジウム2005(05年3月)、モバイル社会フォーラム(05年7月)を開催し、研究所の取り組みを報告してまいりました。今回のシンポジウムでは並行する各研究の結節点としてエンタングルメントの場となるシンポジウムを企画し、異なる領域間のシナジー(交響)を生み出したいと考えます。また様々な疑似体験の機会を用意し、会場の皆様に「動く」ことの本質について経験的に考えていただき、それを通じてモバイル社会をご自身のイメージとして捉えていただく一助になれば幸いです。

モバイル社会研究所 所長
石井 威望