

迷惑メールやデジタル万引き等、ケータイ電話による様々な社会問題が浮き彫りになっている。法律・制度面からモバイルのインパクトを研究する横山弁護士に、モバイルの普及で生じた現行制度との齟齬や、新しい制度の必要性と今後の方向についてうかがった。
話者のご紹介
横山 経通 – 森・濱田松本法律事務所 弁護士
山川 隆 – (株)NTTドコモ モバイル社会研究所副所長
山川: モバイルがPHSを含めて8500万台まで普及してきています。社会的に大きな影響を持ち始めていますが、今、法律や制度といった面から、先生はどんなことが問題になってきているとお考えでしょうか。
横山:法律制度に限りませんが、携帯というのは全く新しい技術なので、世の中に十分な理解が浸透しておらず、誤解を生みやすいんですね。代表的な例がクローン携帯です。クローン携帯というのは日本の現在の携帯電話システムでは技術的にほとんどありえないものですし、現にクローン携帯の実物を見た人なんて一人もいない。にもかかわらず、世の中にはあると思っている人が大勢いて、例えば、料金が予想した金額より高かったときに、クローン携帯ではないかと疑ってしまう。やはり携帯は全く新しいもので、変な不安感をもってしまうところがあると思います。ケータイに対して人々がすぐに不安感を持つような状況があるというが重要な点です。これとは別に、デジタル万引きの問題もありますね。昔だったらスパイ映画にしか出てこないような非常に小型のカメラをごく普通の人が持つようになった。カメラ付きケータイの普及で、気軽に書店の店頭で雑誌などを撮ってしまう。これがデジタル万引きと呼ばれているわけです。あるいは、街で芸能人を見かけると写真を撮ってしまう。芸能人だってプライバシーがあるのだから、迷惑に感じる人も大勢いるわけです。これは法律の問題というより、マナーの問題ですね。新しい道具というかツールを与えられた時、充分なマナーが醸成されてないということなんですね。通信事業者だけじゃなく、世の中全体の問題として考えていくべき問題と思います。
山川:「マナー」というのは、法律という形で明文化されていなくても、社会を円滑に動かしていくために、一人ひとりの良心というか常識みたいなものに照らして考えていくものだと思うんですが。技術の進歩がとても早いから人々のマナー形成がついていっていないということですかね。
横山:そうですね。昔からカメラで撮ることはできたわけですが、本屋さんでカメラを堂々と取り出して、売り物の本を撮るというのはさすがにできなかったわけです。ところが、今は、やってしまう。カメラならば、書店の人もまだカメラだと分かるし、写す側も写してはいけないものを写すことに罪悪感も感じたりしますが、ケータイに内蔵されているとケータイで通話をしたり、情報を取得しているのとはっきりした区別が付けにくく、罪悪感もあまり感じないのではないでしょうか。大きなシャッター音をならすという対策もとられていますが、効果はどうなのでしょうか。音がなっても気にしないという人が増えてますね。
山川:今度フェリカ(ICチップ)搭載のケータイが出てきます。大変便利になりますが、新しい機能が付加されると、心配事も増えます。例えば落としたり盗まれたりした時に、何をしないといけないのか・・・例えばキャッシュカードだったら、落とすとすぐに銀行に電話をしたりするけれども。利用者自身が、そういうことをしっかり認識した上で使わないといけなくなりますね。
横山:事業者のほうも、正しく使わないとどんな危険があるのかを利用者がわかるように伝えないといけないですね。たしかに、フェリカは、世の中を引っくり返すようなインパクトがあると思いますしね。iモードが最初に出てくる前は、みんながいたるところでケータイメールをやる光景はなかったですよね。今はどこにいってもメールをやっている人がいる。iモードが出たときも、世の中が変わるような予感がしましたが、iモードで街の風景が変わったのと同じような現象が、フェリカが出た時に、起きるんじゃないかと思います。iモードも、ずいぶん前からあるような気がしてしまいますが、まだ始まってわずか5年ですか。
山川:1999年2月に開始ですから、5年目に入ったところです。確かに、ケータイが単なる電話だった時には、耳につけて話しているだけだったけれど、今は面と向かって使用するようなモノになって、街の風景も変わりましたね。
横山: 非常に普及が速かったため、社会的制度とか法律がまだ追い付いていかないところはあるけれども例えば電車の中でケータイをかけるのをやめましょうといったマナーはだんだん定着してきましたね。デジタル万引きも、法律で規制する前に、マナーとして定着していければいいと思いますね。法律で規制するということは、最後の手段ですし、そんな当たり前のことまで、法律で規制しなければならないという社会がいい社会だとは思いません。規制されているからやめる、というよりは自分自身の意志でやめるべきですし、「やめましょう」ということを社会全体で徹底していくことが望ましいと思います。
山川:確かに「当たり前のこと」みたいな価値観が社会が変化するにつれて、どんどん変わっていくのは事実ですが、「やってはいけないこと」というのは何時の時代でも変わらないような気がします。そういう意味でもケータイが普及してから、人々の行動パターンというものに少しずつ影響が表れてきてますよね。
横山:私は、メールとか、ニュースとか、プロ野球速報とか、物販サイトとか、ケータイの画面を見ている時間が1日に、こま切れですが1時間ぐらいあると思います。そうすると、10年前はその1時間を他に使っていたんでしょうね。代わりに何がなくなったかよくわからないけど、例えばラジオを聴かなくなったというのはありますが。
山川:ケータイを持つようになって、そういうこま切れの時間を有効活用するようになったし、そういう隙間の時間をマーケットとして捉えたビジネスも出てきました。でも、のんびりしている時間がなくなりましたよね。ぼぉっーとしている時間とか。
横山:そうかも知れないですね。暇があれば常に何かの情報を収集しているような気がしますね。

山川:先生、ところで今回の「迷惑通信に関する電気通信事業者の責務」という研究テーマにはどのようにアプローチする計画でしょうか。
横山:私が研究のテーマにあげさせていただいている迷惑通信の問題ですね。ドコモから公表されているデータによると、今年の初め辺り、迷惑メールが横行していた時期には、1日に10億通のメール送受信のうち、約8億通が宛先不明で届かない、それで、残りの2億通の中にもかなりの程度迷惑メールが含まれているという話でした。これはちょっと常識ではありえない状況が起こっています。でも、現実なんですね。かつてなかった新しい技術が出てきたということで、今まで誰も考えたことのない問題が、日々ものすごい数で起こっているというところだと思います。
山川:歯がゆい話ですが、通信事業者としては、本当の意味で有効なフィルターをかけることができません。迷惑メールが1通も出て行かないようにフィルターをかけようとすると、本来送るべきものまで遮断してしまう危険が大きくなるという苦しい立場にあります。通信の内容を見て「検閲」するようなことは絶対に出来ません。そもそも通信事業者というのは、内容に関わらず「届けること」が業務であるとの見方もありますよね。弁護士というお立場からご覧になって、現状の身動き出来ない状況は法律的にどのへんのところに問題があるからとお考えでしょうか。
横山:今まさに、そういう問題が起きていますね。通信事業者は、迷惑メールだけ選り分けることが法律的にできません。ところが、利用者は迷惑メールを届けるなと、本来は迷惑メール送ってくる人に対して言うべきことなんですけど、誰が送っているか分からないため、やむをえず、これを通信事業者に言う。そこで摩擦が起こっていると言えます。事業者としては利用者の利便を重視して、本音では迷惑メールを送りたくないのだけれども、そういうことは法律上の限界があって、効果的な対策が打てない・・・
利用者にも事業者にもお互い不満がたまって非常に不幸なことになっていました。しかし、ドコモも他のケータイ事業者も、利用者にフィルターを設定するオプションを与え、出来る限りの対策をとったことで、かなり解決してきたところもあります。今後、これをどこまで進められるかが重要だと思います。
山川:日本のケータイの特徴として、インターネットメールと直結しているというところがあります。これはヨーロッパやアメリカと比べ大変便利なのですが、その半面インターネットメールから、迷惑メールが送られることになります。ケータイのシステムの中だけならば、迷惑メールの発信者は比較的特定し易いのですが、インターネットでは非常に難しくなります。インターネットは送り手も受け手も極めてアカデミックな世界に限られていたというバックグランドがあり、かなり性善説に立った仕組みを持っていますよね。インターネットの普及で利用者の裾野が広がり、ケータイと結びつくことによってさらに広がり、問題も顕在化してきたように思います。
横山:こんなに沢山の人が携帯でメールを使うようになったのはたぶん日本が初めてだと思うんです。簡単にメールのやりとりできるという非常に便利なものが普及したその裏返しで、迷惑メールも広がってしまったと思います。迷惑メールについても、これだけ受信ブロックの仕組みができているのに、それをかいくぐって送って来ます。ブロックしている人は、迷惑メールを受け取りたくない人だから迷惑メールを送って、果たして効果があるのか、すごい疑問ですよね。
山川:迷惑メールの一通あたりの単価は、例えば、郵便のダイレクトメールなんかに比べても安いですから、効果の有無に関係なく送ってるんですかね。ところで現行の迷惑メールに関連する法律について先生はどうお考えですか。
横山:いま代表的なものでは特定電子メール法、それと特定商取引法というのがあります。これらの法律は、迷惑メールを送るなという規制はなくて、相手の承諾なしに広告メールを送る時は、未承諾広告というタイトルを付けなさいというものです。それと、メールを送るなと言われたら送ってはいけませんという、オプトアウトの規制がなされているわけですが、なかなか充分な実効性があがっているとは言えない状況です。オプトインの規制、すなわち、広告メールを送る際は相手の承諾をとれという法律にしたらどうかという考えもあるのですが、どこまで規制を設けるべきか、さじ加減が難しいですね。

山川:ヨーロッパでは、オプトインが原則ですよね。アメリカが激論の挙句、この前連邦レベルではオプトアウトの考え方を採用したと思います。迷惑メール問題に関して、先生の研究はどういったところに焦点を当てていくご予定でしょうか。
横山:私の研究の目指すところとしては、今の法律の中で電気通信事業者がどこまで迷惑メールをはじめとする迷惑通信を規制できるのか。現在の法律でどの程度効果があがっているか。そして、どうすればより良い規制ができるのか、というところです。迷惑通信に関する法律問題の分野は文献がほとんどありません。文献がないというのは、今まできちんと整理して研究された方がいないということなんです。常に手探りでやっていかなくてはならない。それを何とかするために、電気通信関係の法律に詳しい学者や実務家の方にお集まり頂いて、法律的な整理をしていきたいと思います。また、ドコモで実際迷惑通信問題に関わっておられる現場の方にもご参加いただいて、迷惑通信の実情をお話しいただきたいと思います。そのような最先端の知見を集めて、迷惑メールに関する電気通信の問題を整理していきたい。その結果、広く電気通信に携わる多くの方が利用できるものをつくりたいですね。今までモヤモヤしていたものがパっと明るい光りがさすようなものができたらと思っています。その結果として、利用者の方が快適なモバイルライフを送れるようにしたいと思っています。
山川:今まで携帯電話の世界では迷惑メール対策のミーティングというのはありましたが、事業者だけで、実務的に行なわれてました。私の知るかぎりでは、大学の先生だとか、事業者の方だとか、多くの人が集まって知恵を出し合う初めての試みじゃないかと思います。
横山:おそらくそうだと思いますね。画期的なものができるといいと思います。法律は醸成されてきた意識とか、規範とかを後で形にしていくというところがあります。携帯やインターネットが出てきてから出来た法律もいっぱいあるんですよ。例えばプロバイダ責任制限法や特定電子メール法。それから、インターネットオークションを規制する法律、出会い系サイトを規制する法律とか。
山川:なるほど。今後、社会が心地良いものになっていくために、法律はどのように変わっていくべきなのでしょうか。
横山: 新しいテクノロジーの出現でますます便利になっていくと、それに呼応してますますいろんな法律問題が出てきます。既存の法律の解釈だけでは、対応しきれない問題も増えてきます。ですから、法律をつくるスピードを上げていくということが重要ですね。お役所もかなり頑張っていて、以前よりかなり速くなっていると思います。特定電子メール法などは、問題が起き始めてから1年半で成立しました。問題が起き始めてから、わずか1年半で法律ができたのは今までなかったことではないでしょうか。それでも1年半の間、迷惑メール問題に多くの利用者がかなり苦しんだわけです。現実的ではありませんが、もし法律の成立が1年早ければだいぶ社会は違ったと思います。世の中が加速度的に変化していきますから、法律もそれについていかなくてはならないと思います。そのために、法律に携わる者として努力していかなくてはならないと思っています。
山川:本日は貴重なお話、ありがとうございました。
※所属はインタビュー当時のものです。
(インタビュー実施日:2004年7月6日)
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