【第3回】産業論から見たモバイル社会と著作権問題(後編)

オピニオン!モバイル社会への提言

今、社会全体がラーニングしている時期。

モバイル・コンテンツ流通との関連で注目される著作権。その最適保護水準を見極める画期的な調査・研究を続ける田中先生。ご自身の研究を軸に、広く産業論から見渡したモバイル社会の現状と未来について語っていただいた。

話者のご紹介
田中 辰雄 – 慶應義塾大学経済学部助教授
山川 隆 – (株)NTTドコモ モバイル社会研究所副所長

山川:次に影の部分についてお話を伺いたいと思います。ケータイが何かネガティブインパクトを起こしているとか、それが社会的にまだ解決されていないということを、お感じになったことはありますか。

田中:あまりに普及が急激でしたから、出会い系から始まって、迷惑メールの問題、子どもの犯罪との因果関係など様々な問題がクローズアップされています。しかし、私はやや誇張されていると思っています。影の部分というのはあらゆる製品にあります。例えば自動車が登場した時は、たくさん事故がありまして大きな社会問題になった。それが少しずつ解決されていったわけです。それに比べればモバイルのつくり出している問題は、充分に対処可能なレベルだと思います。そういう意味で言うと、私は全く悲観してない。もちろん努力する必要はあるんですが。

今はラーニングの期間なんです。素性の知れない電話番号からかかってきたら返したりしないというのは基本的な知恵ですが、その知恵を社会全体がラーニングしている段階。自動車の場合は教習所があって、運転の最低限のマナーや技術を教えてくれる。ITに関しても、もっとそういうのがあっていいんじゃないかという議論がある。大切なのは教育で、社会全体のラーニングが効いてきて体制が整うと、次第に問題は解決されていくと思っています。

山川:これだけ普及した技術でありながら、普及に時間がかからなかったという点も影響がありますね。

田中:コミュニケーションというのは人間の基本ですから、それを急速に変えてしまったという事で当然いろんな社会問題が生じるわけです。
しかし考えようによっては、これだけ急激に普及して、なおかつこれくらいの問題で済んでるという考え方もできる。
キャリアは、絶えず対策をとっていく必要がありますけど、逆に警戒し過ぎてサービスが遅れる方がむしろ心配です。
コンテンツの例で言いますと、非常に厳格に厳しく公式サイトを制限していて、ある意味では変化に対し、ブレーキになってしまっているのではと思います。・・・確かに影の部分もありますが、もう少し光の方を見て進んでも、今はいいんじゃないかと思いますね。

コミュニケーションを復活させるためのIT機器であってほしい。

山川:先生にやっていただく研究は、著作権の規制保護レベルを計量的に出すということなんですが、背景にある考えをお聞かせいただきたいと思います。

田中:コンテンツホルダー、つまりレコード会社や著作権者は、ネット上にコンテンツを流すことに非常に消極的になっています。著作権が侵害されて正規の製品が売れなくなるということを恐れているわけです。しかしこの恐れが本当かどうかはまだ確認されていません。著作権保護を少々緩めても、社会全体の利益やコンテンツホルダーの利益は、それほど変わらない可能性がある。たとえば昔、ビデオデッキが登場した時に、映画会社が反対した。こんなのあったら映画館に来なくなるというわけです。でも、そんなことはなく、むしろレンタルビデオを通じた売上が増えた。レコードもコンサートの来場者が減るという懸念から反対されたことがあったらしい。しかし、実際はたくさんの人がレコードで音楽を聴くようになって、音楽市場はむしろ拡大した。ビデオもレコードも当時はコンテンツの新しい配信形態でしたが、新しい配信形態は既存の配信業者から見ると、著作権侵害に見えるわけです。しかし、そのような著作権侵害は許した方が、実は社会全体からすれば利益になっていたことになる。そういう点から言うと、現状の保護のあり方はあまりに厳格であると思います。

山川:ケータイの場合で言うと、着メロや着うたに関する規制ということになりますね。

田中:着うたでフルコーラス流すということを警戒してるわけです。じゃ、フルコーラス流したら音楽CDを買わなくなるのかと言うと、そんなことはなくて、むしろ着うたで曲に親しんで、CDを買おうとなるのではないか。そこで、着うたを入れたからCDを買わなくなるという因果関係がほんとにあるかどうか調べようというのが研究のテーマのひとつです。さらに強いケーススタディとしては、PtoPでのファイル交換のような違法コピーがCD売上を減らすという関係があるのかというのもテーマになります。
実は既にアメリカで研究がなされていまして、あまり関係がないと出たんです。日本でも、現状をふまえた上できちんと調べてみようと思っています。もしあまり関係ないのであれば、少々のコピーの危険性があってもネット配信を認めた方が社会全体としても、もちろん、クリエイトした作詞・作曲家、演奏家にとってもいい話だと思います。

山川:アメリカの研究の結果は具体的にどのようになった訳ですか。

田中:ビッグアーチストの売上はコピーによって少し減少する傾向があるようです。ただし、中堅以下の売上はむしろ増える。特にはっきり出るのはインディーズで、明らかにネット上で流れるとCDの売上が伸びるそうです。聴いてみて面白い、じゃあ買いにいこうとなるわけですよ。アーチストにとって格好の宣伝手段になっているわけです。

山川:これが出来たら、非常に面白い研究で、一石を投じることになりそうですね。

田中:そうですね。アメリカではあまり売上に関係ないと出ましたが、まだ研究を始めたばかりですから、もう少し蓄積する必要があると思います。いろいろな方法でやってみて、だいたい結果が一致するところにいかないと信頼できるデータにはなりません。
ただ、i Tunesは、いろんなプロテクトとか規制をとっぱらって少々コピーされてもかまわんと腹をくくったところで爆発的に売れた。結果としてビジネスになったわけです。これから考えてみてコンテンツホルダーはコピーを警戒するあまり、ビジネスチャンスを逃している可能性は高いのではないかと見ています。

山川:最後に、モバイル社会がこのような形になってくれればいいという願望がありましたら、お聞かせ下さい。

田中:経済学者としては、できるだけ多くの個人・事業者が自由に参入し、競争して、より良いサービスをユーザに提供して欲しいという一点につきます。具体的な社会のありようは市場が決めてくれるでしょう。
ただ、経済学者の立場を離れて個人の意見を言うならば、ひとつ気になることがあります。逆説的なのですが、情報化の進展とともにコミュニケーションの能力が社会全体として下がったと思います。昔はどうしても卓袱台に坐らなければならなかったり、部屋が小さくて親父と顔をつき合わせなくてはならなかったり、遊ぶ時は近所のガキ大将とつきあわないといけなかったり、つまり、濃密なコミュニケーションがあったわけです。否応ないというか、逃れられない、戦うしかないコミュニケーションが、人間を鍛えるわけです。しかし、情報機器によるコミュニケーションは便利な反面、逃げること、切り替えることが簡単にできるので、そういう抜き差しならない濃密なコミュニケーションを避けることができる。そうなると、人間のコミュニケーション能力が鍛えられず、だんだん希薄になる。いわゆる引きこもりが生じる背景の一つはここではないでしょうか。そこで、ケータイがそういう強いコミュニケーションを失わせるのではなくて、失われてきたコミュニケーションを復活させ、サポートするようなIT機器であってほしいというのが個人的な希望です。
これは、難しいテーマです。人間はどうしても安易に流れて、心地良いものだけを求める。自分の世界に引きこもってネットだけやって、心地良い相手と心地良い会話だけをする。都合が悪いときは切り替えるかリセットする・・・。ところが、いざ現実に直面すると立ち尽くしてしまってシーンとなってしまう。そうならないようになってほしいですね。

山川:そのためにどうしたらいいかというのは、我々にとっても重要なテーマですね。
本日は、どうもありがとうございました。

※所属はインタビュー当時のものです。
(インタビュー実施日:2004年7月13日)

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