

安否情報の連絡を中心に、災害時のモバイルメディアに想定される問題と解決方法について研究する中村先生。社会的・心理的アプローチによる鋭い考察の中に、社会インフラとしてのモバイルの使命が垣間見える。
山川:モバイルが大変な勢いで普及して、数でいうと8500万人まで増えてきています。
これで社会がどう変わったか。先生のご専門分野をからめて、お話しいただけたらと思います。
中村:通信とかモバイルというものは、それ自体のインパクトによって現象を引き起こしたり、社会を変えたりするような性格ではなく、ユーザーが自分の生活や社会の要請に合わせて使っていくからこそ、浸透していくというところがあります。
ただ、8500万人というのは相当な割合を占めますから、これはもう基本的なツールであり、「あるのが当然」という社会になってきていますね。そうなると、例えば災害時、緊急時にどのメディアを使うかというと、昔は電話に飛びついたんですが、今はもう携帯ですよね。持ち歩けますから、外出している人でも飛びつくわけです。
山川:阪神・淡路大震災の時、携帯はそれほど普及していなかったので、あまり大きな問題もなく使えたんですが、あれ以来、あの規模の災害を我々は経験していません。今は普及率が67%を越えていますが、当時は10%以下だったと思います。これだけ携帯が普及した今、あのような災害があったらどうなるかというのは事業者として危機感を持って、準備しておかなくてはならないと思うんです。
中村:そうですね。あの時は使用者が少なかったから通じたんですが、これからはそうはいかない。かえっていちばん繋がりにくいメディアになってしまう可能性もある。だから、「携帯が繋がらない」という時に一般の人がどう行動するのか、携帯電話以外のシステムをどう受け入れるのかをということを見据える必要があります。
携帯電話が繋がらなくても、本当は公衆電話は少し繋がりやすいとか、災害の専門ダイヤルは繋がりやすいとか、いろいろな選択肢があるのですが。一度かけてみてダメだと、すぐあきらめてしまう人が多いんですよ。
山川:阪神・淡路大震災の時は、多分家庭の電話に殺到したと思うんです。だから神戸を中心とした地区に通信が集中してしまって、通常の電話は使えなくなってしまった。あの時、電子メールで安否を確認したというケースもありましたよね。
中村:あの大震災の時には、いろんなメディアはあったんですが、充分に活躍したとは言えない。そのときにあったメディアが、今の携帯電話のように生活の中に入り込んでいなかったので、問題もあまり出てこなかった。それが、今だったらどうだろうと。これ、かなり問題になるんじゃないかという気がしますね。メディアが社会に浸透すればするほど、その問題が重大なものになってくるので、現段階でしっかりと考えておく必要があると思います。
山川:災害時に役立つシステムについて、今は携帯に寄せられる期待も大きいでしょうね。
中村:おっしゃる通り、モバイルコミュニケーションがみんなの期待を集め、見つめられている時代だと思います。これは一般の市民だけでありません。災害時は、様々な組織で携帯が利用されます。例えば、救急車の人がどこの病院に運ぶのかを病院に携帯で連絡したりする。
あるいは、災害対策室の職員同士の連絡は公にされている番号には問い合わせの電話がどんどん掛かってくるので、業務用に使えない。そういう時に携帯電話で連絡を取り合うそうです。そういう使い方も含めて、社会の隅々に至るまで携帯が浸透している。だからこそ、しっかりと機能し続けなければならない。
山川:専用無線を使うのはどうですか。警察無線は非常に性能がいいと聞いてますけど。
中村:ある組織の中だけで、そういう無線通信が使用されていることもあります。だけど、どうしても違う組織と組織の間の通信手段となると、公衆網に依存せざるをえない。
山川:組織の枠を超えると問題が生じてしまうケースが往々にしてあるわけですね。
中村:それは防災活動だけでなく、通信事業者の間でもなきにしもあらずで、どんな組織でも異なる組織間というのは、問題が生じてしまう。いろいろな通信事業者、あるいは通信の筐体が入り乱れている現代ですから、システム間の互換性が十分に確保されていない。それはとても危険な状態なんです。何もない平常時には見落としがちですが、何かあると問題が浮き彫りになってくる。
ですから、問題点を早めに洗い出し、ひとつひとつを解決しておくということが必要です。それから、もう被害が非常に大きい場合には、そういう不安定なものに頼らない。しっかりと安定性が確保されたシステムを代わりにつくっておく等の役割分担というものも考えなくちゃならないでしょうね。

山川:今回、新潟で水害が発生した時は、700万を超える人々がiモードの災害用伝言板サービスをチェックしたそうです。こうしたシステムに関して先生はどのようにお考えですか。
中村:工学的に非常に有効なシステムだと思います。ただ、「ユーザーがそれを使いこなせるのかどうか」が問題です。そのために大切なことがいくつかあります。ひとつは、システム的にわかりやすいかどうか。使い方がわかりやすいかどうかですね。もうひとつは、伝える人と伝えられる人との間で、災害があった時はこれで連絡するよと、お互いが了解しているかどうか。そういったことを前もって話し合っておくという文化みたいなものが醸成される必要があります。友人同士だと普段から話す機会も多いでしょうから携帯の番号もわかっているのですが、親戚の携帯電話の番号やメールアドレスまで知っているのか?ということです。
山川:なるほど、普段親戚とそういう話って意外としないですね。音声通話だとメール等に比べるとネットワークの輻輳が起こりやすいのですが、災害時は専用の伝言板があったとしてもやはり肉声で伝えたいという思いもあるのでしょうか?
中村:そうですね。慌ててる時にメールや伝言板で満足できるかという社会心理的な問題もあります。
とはいえ、最近では若者を中心としてメールで気持ちを伝えあうことには慣れていますから、そういう素地はあると思います。
他の課題となりますと、例えば30秒後に地震が来るというような緊急地震速報が気象庁から出されるようになってますが、これを何とかモバイルメディアでできないか。あるいは身体に不自由があるような方々に対し、災害時に有効なシステムを提供できるか。こうした社会の様々なニーズや期待にモバイルメディアはこれから応えていかなければならない。
山川:先生は今回、携帯の災害時の利用方法や社会インフラとしての切り口から研究を進められるということですが、先生が面白いと思われるポイント、着眼点などを教えてください。
中村:
はい。災害時に通信が使用されるシーンというのは千差万別あると思うんです。それをまず洗い出す。「安否情報を伝達したい」とか「警報を素早く伝えたい」といったニーズの他に、緊急地震情報システムといったようなものもありますよね。
それと、今年は、救急医療の分野でどのようなモバイル通信技術が存在しているのかということを洗い出していこうと思ってます。
大災害になりますと、どこの病院が受け入れ可能なのか、どこの病院まで運んでいけばいいのかわからなくなる。現在は厚生労働省がネットワークで広域災害救急医療情報システムというのをつくっているんですが、それは情報を自分で手入力していかなくてはいけない。システムとして悪くありませんが、合理的に機能を果たしているのかどうか疑問が残ります。結局、「話した方が早い」ということになりかねません。
これは人命に関わる問題であり、「通信で命を救う」という話です。病院側がこの問題にどう取り組んでいくのかをしっかり考えていく必要があります。
また「命を救うため」に情報はどう役立つのかという点。やっぱり危険な状態をお知らせして逃げてもらうというのが一番有効なんです。ここには幾つかポイントがあるんです。
その一つは、「危険だ」という情報を受け取っても「自分は平気」と思い込み、逃げない人が多いということです。これがどんな災害においても大きな障害になってます。
それからもう一つ、情報化社会が進展して、素早く大量の情報が伝達されるようになったけれども、人間というのはそんなにたくさんの情報を一度に処理できるものではない。あまりにも情報が溢れ返ってしまっていて、どうしていいかわからない。一方で、肝心な情報はなかなか入って来ないし、それに基づいた的確な判断ができない。電話で「危ないですよ」と連絡を取り合っていた昔の方が良かったということもあります。
人間の情報処理能力の限界を超えた時にどう行動するのかが、最近は大きな問題になってきていると思いますね。さらに、携帯やメールを日常的に使うかどうかに関わらず、全ての人が災害に巻き込まれるわけです。一般の人々が普段どのようなメディアをどう使いこなしているのか、携帯利用者だけに特化しないで考える必要があると思っています。
山川:実際には、だいたい10人中2、3人は携帯を使ってないわけです。災害という観点から考えますと、必ずしも全員携帯を持っているわけではないので、何か別の方法を考えないといけないですよね。
中村:そうなんです。一般の人々は、携帯だけを握りしめて生きているわけじゃないので、その他の方法でも同じような事ができれば、それはそれでいいわけです。何が役に立って何がダメだったのか、という視点が重要だと思います。

山川:災害という視点で考えますと、遠くの人より、やっぱり近所の人って大切ですよね。避難所に集まってお互いの安否を確認するとか、誰か怪我をした人はいないかとか、実際に目で見るご近所パワーみたいなものが大事だと思うんですよ。
中村:「遠くの親戚より近くの他人」と言いますけど、携帯はその逆のコミュニケーションなんですよね。今の社会はそういう傾向があります。つまり、地域をあまり重視しないで、遠くにいる気の合った知り合いと仲良くしていく。で、それを携帯は媒介してる。災害時でも携帯は遠くの親密な人とのやりとりに使われる訳です。そんな社会状況が、幸か不幸か生まれてるということなんでしょうね。
山川:携帯というのは距離を克服してコミュニケーションができるという非常に便利なものなんですが、実際に災害で自分がケガをしたり、被害に遭ったというのは自分が今居る場所の話ですからね。遠くの人と連絡を取って、実際に救援物資が届いて影響力が出てくるのにも少しの時間的なズレがありますし。
中村:そうなんです。宅急便が届くようであれば、コンビニエンスストアは営業しているでしょうから・・・サイバーソサエティというか、距離を超越した緻密な社会、そのツケみたいなものが、災害時に回ってくるんでしょうね。
山川:最後に、今後、モバイル社会がどうなっていくか、どういう方向にいって欲しいか。特にご研究の分野に限らずに、お話しいただけたらと思います。
中村:どんどん安くなり手軽になって普及していくと思いますが、ただ、それもいいんですけど、やっぱり、携帯というのは基本的なインフラなんです。それを忘れてはいけないんじゃないかと思います。もうひとつは、OSやアプリケーションの分化が進んでいく通信業界の中で、先程話した、異なる組織と組織の間の齟齬が生まれる可能性が非常に高くなっている。どこがおかしくなっているのか見つけにくい。例えば、電話が通じない、インターネットが繋がらない、でも、どこがおかしいのかわからないというような状況。業者間のコミュニケーションをしっかりとって、社会インフラとしての頑健性を確保していただきたいですね。
山川:今の携帯というのは全部一体化されてて便利だなと評価する半面、この業界でもパソコンとインターネットの世界で起こったモジュール化が同じように起こる可能性もあると思って動きを見ています。
中村:確かにパソコン関係の波は通信業界にも当然広がってきて、携帯もパソコン化してくるでしょうね。ただ、ケータイが単なるコミュニケーション手段ではなく災害時に重要なインフラになることを考慮し、そのあたりは行政が調整したり、ルールを整備したりする必要があるのかもしれません。自由化が進んで、競争して安くなるのも便利でいいかもしれないけど、ある程度の歯止めも必要だと思います。
利益を生み出さなくてもインフラを確保しておくべき地域というのは常にあるわけで、これをどうみんなで支えていくのか、というのが知恵ですよね。例えば、ドコモの災害伝言板にしても、ドコモの他にはない便利なものというセールスポイントで売り出すのもあるでしょうけど、それだけでいいのかということです。他の事業者もドコモに対抗してそれぞれ勝手に作ったんじゃ全く意味がない。大切なのは、みんなで話し合って共通のシステムをつくることなんです。これは自由競争の世界に反することかもしれませんが、インフラとしての通信である以上は考えなくてはいけない問題だと思います。国とは何か、行政とは何か、公共とは何か、を考えないといけない。
山川:本日はどうもありがとうございました。
※所属はインタビュー当時のものです。
(インタビュー実施日:2004年7月22日)
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